「錦らしさ」「錦ブランド」を次代に向けて

活気ある「伝統」と「信頼」の市場へ

① 「錦市場」商標登録の取得

「錦市場」のブランドを適切に保護するため、平成16 年4 月に特許庁に商標登録を出願し、平成17 年1 月京都府内の商店街で初めて「錦市場」の商標登録を取得しました。
また、平成27年1月には「京の台所錦」の商標登録を取得しました。

②「錦流」文化創出事業、イベントの実施

平成12年3月には錦市場(堺町〜柳馬場)をランウェイにしたファッションショー「パリ・ミラノ・イン錦小路2000-01年コレクション」を青年部会の協賛協力で開催し大勢の観客を集め新たな一面を見せるとともに、平成17年3月及び10月には京都市の姉妹都市フィレンツェ(イタリア)のサンロレンツォ市場から関係者を招き、ズッキーニの漬物などの販売、即席のワイン立ち飲みバーも開設するなど食のイメージの広がりと奥行きあるイベントを実施しました。

毎年11月には、歩いて暮らせるまちづくり推進会議“まちなかを歩く日”の一環として、各店舗が協力し、はも鍋、堀川牛蒡と地鶏の鍋など、錦市場ならではの鍋を提供するイベント「錦市場鍋祭り」を開催しています。

また、国立京都工芸繊維大学と産学連携し、店舗オリジナルグッズの開発や、伊藤若冲のイメージを使ったアーケードのバナー、若冲生家跡(高倉通)モニュメントの作成を行うなど、商店街のイメージ統一にも力を注いでいます。

③ 錦にぎわいプロジェクト / 「錦らしさ」を追求するテナントミックス

食にこだわる「錦らしさ」に共感し、伝統を守り育てていこうとする経営理念をもつ出店希望者を募集しテナントバンクへ登録するとともに、空き店舗が発生した時、その家主にテナントミックスへの理解を求め、出店希望者に物件紹介や家主との面談・交渉を支援しています。

"錦市場へ出店をお考えの方へ

錦の御神輿・西御座のご紹介

日本三大祭りの一つに数えられ、7月1日から一ヵ月間にわたって京都が熱く沸き立つのが祇園祭です。悪霊・疫病退散を祈って869(貞観11)年、当時の国の数に合わせた66本の鉾を立て、牛頭天皇を神輿に祀り神泉苑に送ったのが起源であります。

山鉾巡行が多くの人々の耳目を集めますが、八坂神社の祭神を奉じた三基の神輿渡御(神幸祭・還幸祭)こそ、この祭のメインイベントであり、この神事に奉仕できるとこに我々は大きな誇りを持っています。

西御座と錦神輿会

屋根に鳳凰をのせ、八角形をしたこの神輿には御祭神・素戔嗚尊(スサノオノミコト)と垢神・櫛稲田姫命(クシナダヒメノミコト)のお子様・八柱御子神(ヤハシラノミコガミ)をおのせします。現在はこの神輿に御神霊を遷し、氏子町内を巡幸して7月17日夜に四条寺町の御旅所へお迎えし、24日に御本社へお帰りいただきます。八坂神社の本殿西側にお祀りすることから、西御座(にしござ)と申しあげます。この神輿が現在のような姿で渡御するようになったのがいつ頃かは不明ですが、明治10年に刊行された『京都府地誌』には「毎年7月、八坂神社祭礼には此処(三条台村)の住民より神輿をかく與丁を出す。元禄以来今に変わることなし」と書かれています。「三条台村」とは、二条城の周辺にあった村落で、この住民が「三条台若中」という組織(宮座)をつくり祭礼(清々講)に貢献していたということから、祇園会の神輿渡御に奉仕していたのだろうと思われます。

明治22年には「清々講第三十一号神輿三若組」と称するようになりました。錦神輿会が奉仕する「西御座」(にしござ)は、もとはこの三若組の奉仕でしたが、住民減少等の理由から大正13年以来、壬生村の農家が「壬生組」と称して肩代わりをしました。しかしこの壬生組も戦後(第2次大戦)に解散となり、この頃活況を呈していた錦市場に八坂神社からの依頼があり、昭和22年より錦組(現・錦神輿会)が担当するようになりました。平成25年には、錦市場振興組合創立50周年と西御座ご奉仕65年を記念して、神輿の担ぎ手の魂である轅(ながえ)を新調しました。